大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成12年(ネ)2210号 判決 2000年8月17日

控訴人(原告) X

右訴訟代理人弁護士 井上裕介

被控訴人(被告) 株式会社安蒜鍍金

右代表者代表取締役 A

被控訴人(被告) 櫻井金属工業株式会社

右代表者代表取締役 B

被控訴人(被告) 株式会社角田商店

右代表者代表取締役 C

被控訴人(被告) モミジヤ鞄材株式会社

右代表者代表取締役 D

被控訴人(被告) 有限会社鈴木製作所

右代表者代表取締役 E

被控訴人(被告) 有限会社メタルハウス

右代表者代表取締役 F

被控訴人(被告) 株式会社長谷部

右代表者代表取締役 G

被控訴人(被告) 株式会社水谷商店

右代表者代表取締役 H

被控訴人(被告) 株式会社東京錠前製作所

右代表者代表取締役 I

被控訴人(被告) 武藤錠前株式会社

右代表者代表取締役 J

被控訴人(被告) 中山外株式会社

右代表者代表取締役 K

被控訴人ら訴訟代理人弁護士 赤尾直人

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  控訴人と被控訴人らとの間の東京地方裁判所平成11年(手ワ)第673号約束手形金・為替手形金請求事件について、同裁判所が平成11年7月28日言い渡した手形判決を認可する。

二  被控訴人ら

控訴棄却

第二事案の概要

一  本件は、原判決別紙手形目録記載の約束手形及び為替手形合計8通(本件各手形)の所持人である控訴人が、その振出人や裏書人、引受人である被控訴人らを相手に各手形金の支払を求め、被控訴人らは、本件各手形は被控訴人株式会社安蒜鍍金(安蒜鍍金)の事務所から盗まれたもので、控訴人を含めその後の手形取得者にはすべて悪意又は重過失があるとして争った事案である。

原判決は、控訴人の請求を認容した手形判決中、被控訴人らに対する部分を取り消して、控訴人の請求をいずれも棄却したため、控訴人が不服を申し立てたものである。

二  右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(控訴人の当審における主張)

1 原判決は、控訴人がa土木有限会社の代表者であるL1ことLから本件各手形を裏書取得する際に重過失があると認定したが、誤りである。商業手形が割引のために控訴人のような金融業者のもとに持ち込まれることは多々あり、そのような場合に一々各手形行為者の業種の相違や流通経路について合理的説明を求め、振出人や受取人への調査確認をする義務があるとするのは手形制度を否定するものである。振出人等への照会は顧客の信用を傷つけることから嫌われており、そのため控訴人は、振出人の信用力や手形の形式面などから可能な限りの注意を払って事故防止に努めている。原判決は過度の調査義務を控訴人に課すものといわざるを得ない。

2 原判決は、経済状態の悪化により数年来音信不通であったL1が、連絡先も明らかにせずに合計額が比較的高額となる本件各手形の割引を依頼してきたことからも控訴人の注意義務が加重されるというが、これも誤りである。L1は、a土木の破綻により債権者から追及されているからこそ、金融機関や面識のない金融業者の所には行けずに、あえて相殺覚悟で控訴人に割引を依頼して来たのであって不自然なことではない。手形金額もさほど高額ではなく、連絡先を明らかにしないのは経済的破綻者によくあることで、いずれも本件各手形につき何らかの事故を疑わせる事情とはいえない。

3 原判決は、控訴人がL1に対し多額の債権を有し、その回収を図る必要のあったことを考慮していない。控訴人は、本件各手形に関してL1に必要な質問をしており、同人からは具体的回答は得られなかったが、その風貌や反応に不審な点はなかった。仮に割引に応じなければ以後の債権回収が絶望的になるといった事情もあり、一部債権との相殺を条件に割引に応じたのである。この点を考慮せずに控訴人に重過失ありとしたのは誤りである。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も、控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は、次に記載するほか、原判決の理由記載と同一であるからこれを引用する。

1  手形の有償取得が証明されない場合と善意取得

原判決挙示の証拠によれば、原判決の第三の一記載の各事実のうち、L1が控訴人から150万円を受け取った事実を除くその余の各事実が認められる。

控訴人は、本件各手形の割引金としてL1に150万円を交付したと供述する。

しかし、割引金の交付の事実を示す領収書等の書証は存在せず、またその出金に関する証拠も存在しない。さらに、控訴人の経営する株式会社b産業の帳簿上も、同社のa土木に対する債権との相殺処理に関する記載はない。

金融業を営む控訴人が手形の割引に応じながら、依頼者の裏書のある手形の交付を受けるだけで、割引金についての領収書を受け取らず、その出金を裏付ける資料もなく、その支払について何ら帳簿に記載しないようなことは、通常の処理としては考えられないことである。特に金融業のように日常多数の金銭の出入りがある業種において、帳簿に入出金を記帳しなければ、経営の状況を把握することは著しく困難になるはずである。また、控訴人はb産業の債権との相殺も主張するが、控訴人個人はa土木に対する債権者ではないのであるから、相殺をするのであればb産業として手形割引に応じるべきであるのにそうではなく、同社の帳簿にもその記帳はされていない。以上を考慮すると、本件では、真実、控訴人のいうように、L1に対し150万円の割引金を支払い、あるいはb産業の債権と相殺するなどして、本件各手形の裏書譲渡を受けたものかどうか疑わしいものといわねばならない。

そして、盗難手形の所持人が手形を取得するについて、経済的な出捐をした事実を証明できない場合には、手形法の趣旨からして、当該所持人は、善意取得の制度によって保護されるべき資格を欠くものというべきである。したがって、控訴人は、すでにこの点において、本件各手形金を請求する権利を有しないものといわねばならない。

2  善意取得に関する原判決の判断の当否について

仮に控訴人がその主張のようにL1に割引金の150万円を支払うなどして本件各手形の裏書譲渡を受けたとしても、善意取得は成立しない。

本件においては、b産業に多額の債務を負担して平成6年以降所在不明となっていたL1が、平成10年11月になって突然控訴人に本件各手形の割引を依頼してきたものである。本件各手形はいずれも東京都内の会社が振り出した商業手形で、名古屋に出廻るような手形ではない。そして額面の合計額は550万円を上回るのに、a土木への裏書人である安蒜鍍金が土木業者と直接取引関係を持つような業種でないことは一見して明らかであった。L1は、本件各手形の取得先の内容や取得経過について十分な説明をしないばかりか、L1自身の現在の仕事の内容や連絡先についても教えようとしなかった。これらの事実からすれば、控訴人において、L1又はa土木が本件各手形について有効な権利を有するのか否か、その取得の経過や原因について疑問を抱くのが当然というべきである。名古屋の控訴人の所にわざわざ割引依頼をしてきた理由を含め、L1に対しさらに合理的な説明を求め、十分な回答が得られない場合には、振出人や受取人、支払場所の金融機関等に必要な調査をすべきであったものと解される。しかも右調査を行っていれば容易に本件各手形が盗難手形であることは判明したといえるのである。したがって、これを怠った控訴人には少なくとも本件各手形の割引取得について重過失があるものと認められる。

控訴人は、本件各手形について事故手形であることを疑わせるような事情はなく、また右のような調査を控訴人に求めるのは過度の注意義務を課すものであり、債権回収を図る必要のある控訴人の立場が考慮されていないなどと主張する。しかし、この主張は、右に見たような割引依頼人の信用力のなさを無視し、かつ、本来は回収の見込みの低い債権が急に回収できるというような、いわば眉唾といってよい話の内容であったことを軽視した主張であって、採用することができない。

二  したがって、控訴人による本件各手形の取得について善意取得の成立を否定して、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 西島幸夫 原敏雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例